モンゴルから世界へ FC Sumida Ulaanbaatar Champion!

FC墨田ウランバートル会長の森本高史です。2009年11月、世界一になるべくモンゴルでサッカークラブを作りました。13年4月新体制としてスタートを切りました。応援よろしくお願いします。

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デレン墨田監督オギという男

デレン墨田監督オトゴンバヤル「オギ」

*週刊サッカーダイジェスト4月19日号(4月5日発売)から抜粋

 筆者が会長を務めるモンゴルのクラブチーム、「FCデレン墨田」の新監督が決定した。オトゴンバヤル・イシュドルジだ。

驚きを隠せない読者も少なくないだろう。なぜならばオトゴンバヤルといえば、98年から昨夏までモンゴル代表を率い、3度のワールドカップ予選、4度の東アジア選手権予選など豊富な国際経験を持っており、昨夏からモンゴルサッカー協会技術委員長を務めていたビッグネームだからだ。モンゴル版アルベルト・ザッケローニ監督+原博美氏であるオトゴンバヤルだが、先月半ばオトゴンバヤルは技術委員長の座を辞任し、フリーとなっていた。

「私は13年間モンゴルサッカー協会(MFF)で働いており、マンネリズムに襲われていた。後進に道を譲る時期に差し掛かっていた」とオトゴンバヤルはいう。

それも一理あるが、本当の理由は別にある。根っからのサッカー好きであるオトゴンバヤルは、現場に飢えていた。代表監督時代は、常に活動しているわけではい。技術委員長になってからは、仕事場がピッチからオフィスに移動した。デレン墨田がMFFフィールドで練習している際に、オフィスから羨ましそうに見つめているオトゴンバヤルの姿は実に印象的だった。
 
実は先月半ば、デレン墨田はセルビア出身のゲジム・リャーリャとの契約を解除した。なかなかモンゴルの生活に馴染めずホームシックに陥り、高血圧、不眠症と健康面に問題を抱えていた。そこでブラジルやヨーロッパから数多くの後任候補をピックアップ。「デレン墨田の子供たち(U-13)を強くし、若く経験の浅いモンゴル人アシスタントコーチを一人前に成長させる」ことを念頭に置き熟慮に熟慮を重ねた結果、オトゴンバヤルが最適の存在であり、即座にオファーをした。

「モンゴルから世界へ、オールド・トラッフォードでマンチェスター・ユナイテッドを6-0で倒すというデレン墨田の哲学に共感した。私の全てを出し尽くし、夢を現実にしたい」と快諾したオトゴンバヤルとモチベーションの高さは尋常ではない。デレン墨田は、また一歩前へと進んだ。




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  1. 2011/05/08(日) 01:29:50|
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